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広島地方裁判所呉支部 昭和31年(タ)8号 判決 1957年3月18日

原告 山下花子

被告 ジヨン・P・ジヤツクソン (いずれも仮名)

主文

昭和三十年六月二十二日呉市長に対する届出によつてなされた原告と被告との婚姻は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

原告は昭和二十四年春頃当時日本に駐留していた濠英連邦軍占領軍第十七工兵連隊労務部下士官であつてオーストラリア連邦クインスランド州に本籍を有する被告と事実上の婚姻をし、爾来同人と約六年間にわたり同棲生活を読けていたところ、被告は昭和三十年二月十七日右部隊を現地除隊し暫く日本に滞在した後同年五月末頃オーストラリアに帰国した。ところで原告は右同棲中被告に対し屡々正式に婚姻届出をなすよう懇請したのに拘らず被告はこれに応じなかつたのであるが、右帰国に際して被告は原告に対し一応婚姻予約の証として婚姻届出書に署名して交付した上、その届出は被告が再び日本に入国した後に改てその意思に基いてこれを行うことを約した。然るに右帰国後被告より何らの来信もなかつたため、焦慮した原告は同年六月二十二日被告に無断で前記被告の署名のある届出用紙を用い擅に呉市長に対し原告と被告との婚姻届出を行つた。ところが被告は同年九月再び日本に入国し呉市下山手町四十八番地の三の当時の原告方住居に来たが、その際右届出の事実を知つて激昂し、被告の本国法による結婚の手続をなすことを拒んだのは勿論、更にその頃被告自ら広島家庭裁判所呉支部に至り右届出に基く婚姻解消の手続を問合せた事実も判明した。そして被告は同年十一月下旬就職のため大韓民国に赴いたのであるが、その後においても原告に対し屡々手紙を以て原告の家族との性格が合わないことを理由として原告と婚姻する意思がない旨を申向けて来ている。以上の次第で被告に前記婚姻届出の際において原告と婚姻する意思を有しいなかつたことは明かであるから、該届出による原告と被告との婚姻は無効であると言わなければならない。仮に右届出の際被告が原告と婚姻する意思を有していたとしても、被告の本国法たるオーストラリア連邦クインスランド州婚姻登録法によれば右婚姻は不在結婚としてその効力を欠くものである。よつて原告と被告との前記届出による婚姻が無効であることの確認を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

立証として甲第一号証、第二号証の一、二を提出し、証人富田イク及び原告本人の各尋問を求めた。

被告は大韓民国に居住しているが、わが国は未だ同国と外交関係を結んでいないため同国にはわが国の大使、公使若くは領事等が駐在せず、更にわが国と同国との間には現在司法事務協助に関する協定も存しないので被告に対する送達は民事訴訟法第百七十五条所定の方法によることが出来ず、従つて同法第百七十八条、第百七十九条所定の公示送達の方法によりこれを行うべきものと解せられるところ、被告は右公示送達による適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面をも提出しない。

理由

公文書であつて真正に成立したものと認められる甲第一号証並びに証人富田イク及び原告本人各尋問の結果を綜合すれば次の諸事実が認められる。即ち原告は昭和二十四年春頃当時日本に駐留していた英連邦軍第十七連隊下士官であつてオーストリア連邦クインスランド州に本籍を有する被告と内縁関係を結び、爾来同人と約六年間にわたり同棲生活を続けていたところ、被告は昭和三十年二月頃右部隊を現地除隊し暫く日本に滞在した後同年五月頃オーストラリアに帰国した。そして被告は右帰国に際し被告が再び日本に入国した後において原告と正式に婚姻することを予約した上、この点に関する原告の不安を除くため右婚姻予約の証として婚姻届出書に署名しこれを原告に交付して帰国した。然るに右帰国後被告より原告に対して何らの来信もなく、焦慮した原告は同年六月二十二日被告に無断で前記被告の署名のある届出用紙を用い擅に呉市長に対し原告と被告との婚姻届出をなし、原告の戸籍にその旨の記載がなされた。ところが被告は同年九月頃再び日本に入国し呉市下山手町四十八番地の三の当時の原告方住居に来たが、その際右届出の事実を知つて激昂し原告を難詰した。又その頃被告自ら広島家庭裁判所呉支部に至り右届出に基く婚姻の解消手続を問合せたため、原告が同裁判所より呼出を受けたこともあつた。そして被告は昭和三十一年六月頃就職のため大韓民国に赴いたのであるが、その後は原告に対し何らの音信もなく現在に及んでいる。以上のとおり認められ、右認定の諸事実を綜合すれば前記婚姻届出の際において原告は被告と婚姻する意思を有していたが被告は原告と婚姻する意思を有していなかつたことが明かである。

ところで原告は右婚姻届出の際、被告において原告と婚姻する意思を有していなかつたのであるから本件婚姻は無効である旨主張するのでこの点について按ずるに、法例第十三条第一項本文は婚姻成立の要件は各当事者に付きその本国法によつてこれを定める旨規定してをり、従つて本件婚姻が果して無効であるか否かは右婚姻届出の際において被告が原告と婚姻する意思を有していなかつたことが、被告の本国法たるオーストラリア連邦クインスランド州の規定に照し婚姻成立要件を欠缺する場合に該当するか否かによつて定まるものと言うべきである。そこで右オーストラリア連邦クインスランド州の婚姻法を検討してみるのに、同州の婚姻法には当事者が婚姻意思を有しない場合における婚姻の効力を直接に規定した明文は存しない。然しながら同州千八百六十四年婚姻法第十二条は「宣誓又は厳粛な証言をなした後に牧師又は地区登録官吏によつて挙式された結婚は凡て合法且つ有効な結婚である」旨、又同法第九条(千九百四十八年修正による)は右の宣誓又は証言について「結婚しようとする両当事者が婚約した妻の住所の存する地区の登録官吏の面前においてこの法律の別表A所定の方式の宣言書に署名した場合は、右両当事者間の結婚式は右地区登録官吏により別表B所定の言葉の方式を以て挙行され、右両当事者は夫々にその言葉を繰返し且つ署名するものとする」旨を夫々規定し、右別表Aには「私達何某及び何某は結婚を望んでいることをここに宣言する云々。――両当事者署名」なる宣言方式が、又右別表Bには「私何某は何某を私の法律上の妻とすることをここに宣言する。私何某は何某を私の法律上の夫とすることをここに宣言する。――両当事者署名」なる宣言方式が夫々定められ、更に同法第二十三条は詐欺による結婚は合法的でないことを規定しているのであつて、これらの諸規定を綜合し、なお近代法における婚姻の実質が一般に契約能力ある男女の自由な合意による民事的契約に基き生涯の結合を目的とする共同生活関係であると解されていることに鑑みれば、右婚姻法は両当事者の婚姻意思の合致を以て有効な婚姻成立の基本的要件として、従つて当事者の双方又は一方が婚姻意思を欠く場合は婚姻は成立しないとしているものと解釈するのが相当と認められる。

果して然らば前述の如く婚姻届出の際において被告が原告と婚姻する意思を有していなかつたことの認められる本件にあつては、右婚姻は被告の本国法たるオーストラリア連邦クインスランド州法の規定に照し婚姻成立要件を欠缺する無効なものであると言わなければならず、従つて右婚姻の無効確認を求める原告の本訴請求は爾余の点について審究するまでもなく理由のあることが明かであるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石見勝四 常安政夫 柳瀬隆次)

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